​株式会社シャルマンの誕生

 当時のセルロイド製メガネに無くてはならない鋲と芯金であったが、メガネフレームは、流行の変化で金属フレームいわゆる「銀縁メガネ」へと移っていった。

 主力商品の鋲と芯金が不要な時代になったのだ。しかし、堀川製作所にとって千載一遇のチャンスとなった。

 鋲も芯金も金属であり、これらの製造のための金属加工技術は十分に持ち合わせていた。メーカーからの注文がなく、社員全員で一日、工場の敷地の草むしりをする日々もあった部品屋が、オール金属であれば、製造メーカーになれるチャンスであった。

 だが、先の「産地のおきて」がある。

なんといっても、地元のメーカーがこれまで堀川製作所を養ってきたようなもので、それが、東京や大阪の産地問屋に直接商品を出荷することは、不義理(裏切り)な行為なのだ。そこで考えたのは、間屋通しの商いをやめて、直接小売店に売ることにした。それでも「堀川製作所」が直販をするのでは、これまた義理を欠くことになる。

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鯖江のシャルマン本社屋(左)と本社工場(右)

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​堀川製作所時代のコンテナは、今も現役で活躍中

 ならばと、1975(昭和50)年。

 製造・販売メーカーとしての新会社「シャルマン眼鏡」を設立した。幸いにも堀川製作所には、堀川さんの兄が仕事に復帰していたため、会社を託し、新会社で販売に専念することにした。

 堀川製作所から数人のエンジニアを連れ立っての新会社だが、肝心の「営業」がそれまでの部品屋には存在しない。そこで元商社マンの堀川さんは……

 「メガネのことを何も知らない者」を営業マンとして募集した。自分たちでつくった商品。メガネを愛情と誠意、責任をもって販売するだけ。もしかすると、そんな当たり前な心が産地に長らく浸かっていると麻痺するのかもしれない。そう堀川さんは考えていたのだろう。

 この後からはじまる、海外現地法人の設立にあたっても、同じようなスタッフ教育がされた。

 そして、なによりもお客への対応とその速さを重視した。このお客とは、小売店であり、ひいては消費者である。

 視力を矯正するのがメガネの役割。そのメガネが壊れてしまったのでは、生活に支障をきたす。しかし、小売店にとって来客数の多い、土、日曜日や祝祭日は、メーカーも間屋も休みなのだ。それでは小売店も来店したお客も困ってしまう。そこで、独自のカスタマーサービスを充実させ、年末年始5日間を除く360日、小売店からの問い合わせに応じるようにした。

 また、メガネは多品種で、サイズや色など種類も多い。そのため、在庫は小売店の負担であった。その負担を減らし、それでいてお客の好みに合うものを提供できるようにと、商品をシャルマンから各々の小売店に即納する体制をつくり、修理依頼などにも迅速に対応した。サービスを開始しておよそ1年。北海道から沖縄まで全国津々浦々に直販体制(サービスネットワーク)が出来たことによって、「革新的」新参者のシャルマンを認めさせることが出来たのだ。

 そして2010(平成22)年。堀川製作所と合併をして、現在のメガネフレームメーカー・株式会社シャルマンが誕生した。

基礎技術と精密加工技術

金属加工の中でも基礎となる「金型」の製造に定評のあるシャルマンには、他メーカーからの依頼も多く、また、表面処理・加工の技術も群を抜く

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360日対応の

カスタマーセンター

カスタマーセンターは、小売店にとってありがたい存在である一方、シャルマンにとっても、直接の受注は、市場動向の掌握ができ、修理の受け付けは、修理箇所の把握と解決策を今後の商品開発に生かせるメリットがある